やりたいことには全く手を出せずやらねばならんことが山積みだったのですが
ストレスフルすぎて現実逃避してFate/Zero読んでました。
睡眠は取れた。
だけどやりたかったことで達成したのはこれだけ。
いや、WFで使うシール注文できたか。以上。
なんだこれ!全然リラックスできてない!!
で、やらねばらない義務の優先順位が高いものをしぶしぶやってたら
あっという間に終わりました。
あと5日くらいほしい。
当然優先順位の低いやらなきゃならない事は後回しにされるので
この辺がずーっと溜まっててそれもまたすっきりしない一因です。
優先順位の低いのは自分だけのことなので迷惑かけないから
なんとかなりますけど、イライラはします。
たとえば「掃除」とか。
塗装を始めると部屋が荒れるというのが私の通説なのですがそれに加えて
(帰省関係なく)年末年始がすげー忙しかったせいで家の中が荒れ狂ってまして
もうだれか家事変わってくれ・・・月契約とかで・・と半ば本気で考えました。
メリーメイドとかどうよ。
でもさー知らない人が家に入るのってやだわー。
嫁募集したい。養う。
写真が全く無かったので。
一年ぶりに見た金ちゃんはさらに巨大化していました。
この水槽は一辺が30cmなのでそのくらいの大きさです。
比較用にペンを置いてみましたがこの遠近じゃ意味ない。
ちなみに今年で6年目。
名前が付いたのは去年、前回私が帰省した際に 「この金ちゃんにエサあげた?」 と
聞いたためでそれまでは「そういえば名前が無かった」らしい。
親戚に貰ったパール柑。文旦の仲間なんですかね?でかい。
名前は実がパールのように輝いてるから?それとも母が勝手に言ってるだけ?
よく知らない。
帰省した際、食べたいなーでも大きいし硬いしで剥くのが大変だしどうしようか・・・
と迷ってたら通りがかった母が
「マッサージしてくれたら剥いてやるよ?」
と言ってきたので肩・腰・腕・足の裏のフルセットで揉んだらそのまま母は爆睡。
なんだか取引に負けた気がするのでしばらく待ってみました。
途中で一回目覚めたので「みかん・・・」といったらもう少し待ってと言われて
さらに1時間経過したので結局自分で剥いたのでした。
最初から自分で剥けばよかったよ。甘い誘いにご注意。
これはおあずけ食らって待機中のやり場の無い私の写真。
神社で写真とろうと思ったけど人が多くて止めました。
おみくじは中吉でした。まあまあいいこと書いてあったよ。
今回の総括としては・・・
ふるさとは 遠きにありて 思うもの
でした。
帰省は親へ顔見せするための義務だと思って帰ってたけど、一人増えたんだし
一人抜けても大丈夫でしょう。
来年はもう帰らず東京でのんびりするわー。
帰省するにしても年末年始は止めておきます。
母に会えないのは寂しいけど帰っても辛いことばかり。
妹のはなし。
ずっと実家暮らしの妹は私や弟と年が離れていることもあり、また2人とも大学入学時点で
実家を離れているので誰からも制約されずかなりわがままに生きてきています。
親が甘やかすというか、3人目であまり干渉しないことも手伝って好き勝手やってる上に
わがままに育ったせいか非常に我の強い女でして無茶苦茶な主張をわれが正義とばかり
でかい声でごり押しします。
恐ろしいくらい物を知らない、漢字が読めない、スイーツ脳と3重苦です。
正直、感情だけで攻めてくる一番嫌いなタイプの女です。
年が離れてる妹は可愛いでしょ?と言われますが、速攻で「否。」と言える程度に
考え方や生き方が私と全く相容れません。向こうもそうだと思うけど。
彼女の主張は無茶苦茶なのですが、「私が正義、私が正しい」が前提で生きてるので
何を言っても通じませんし。
指摘すると意味不明な理屈を怒鳴り散らすだけなのでかかわらないようにしてます。
母が何も言わないのはあなたが正しいからではなくてもうめんどくさいだけなんだよ
と思いますが、おんぶにだっこで生きてる間はわからんだろうな。
そんな彼女が一人暮らしをすると言い出したので私は大賛成しております。
単純に見積もりしても彼女の給料で一人暮らししつつ愛車を維持していくのは
相当キツイと思うのですが、全然大丈夫!といってました。
何だろう、その根拠の無い自信。貯金もろくにないだろうに。
朝ごはんも夜ご飯も作ってくれる人はいないし、お風呂だって沸いてないんだぜ?
洗濯・掃除だって自分でやらなきゃいけないのですがわかってないんだろうな。
お弁当を作ってくれてた人がいなくなるってことはその分食費だってあがるのですが。
そんな苦言を言えばまたギャー!!とヒステリックに怒鳴りだすので言いませんけど
もういい加減、世の中を知ってもいい年なのに彼女の頭の中はいまだお花畑なので
世の中の辛苦を少し嘗めてみるがいい、と姉は遠くから見守ってます。
独立するのが偉いとはいいませんが、全部責任を持って自分のことをやるのは
成長する上でいいきっかけです。
あの子が親から与えられていることに対して当然とばかりに受け取っていることも
我が物顔で実家で振舞うさまも正直腹に据えかねているので多少なりとも
変わってくれればと思ってます。
離れたことが無いのであの場所は姉兄にとっても実家であることがわかってないのです。
とにかくもう少し人に優しい人間になってほしいのですよ、姉としては。
ただいま。そしておめでとうございます。
実家から逃げるように帰ってきました。
まず家族が増えてました。
姪が生まれていたのですが会った事なかったので初めてのご対面。
送ってくる写真、見せられる写真がどれも最悪な写りだったのですが、親からすれば
ベストショットでしょうから正直期待は出来ないと思ってたので予想外に可愛かったです。
今までの写真ひどすぎだよ、私ろくな写真見せてもらってないよ!と弟にいうと
「姉ちゃん以外は○○見てるから何も言われなかったけど確かにあの写真だけだとひどいよね」
と爆笑してました。
姪はかなり男前でした。女子だけど。
可愛らしさアピールのための必死なリボンが逆に違和感というか不憫ww
目がおっきくてアイラインのような睫毛バシバシなのは確実に弟似ですが、
眉まで似たらしくてガッツリ太眉だったので親も認める濃い顔でした。
激可愛い美少女ではありませんが客観的に見ても不細工じゃないです。
それにしても私の中の感情の中に何かを愛しいと思う、そういった人並みの感情が
まだわずかでも残ってとは思っていませんでした。
たぶんこの言い表せない、なんとなく似ている、血を感じるのが愛情というのでしょうか。
そういった感情はすでに死に絶えたと思っていたので一番の驚きでした。
ああ、私の中にもそんな愛情があったのかと。
普段感情自体の触れ幅が少ないので地味に衝撃だったのです。
と同時に私にはもうおそらく生み出すことができないのだということに今頃になって
やっと実感が沸いてとても複雑だったのだけれど、そんなことをいうこともできなくて
ただ曖昧に笑っていることしかできませんでした。
泣き出したチビッコを自然に抱き上げた弟を見て言いようの無い衝撃を覚え
去年は緊張しすぎてきょどっていた弟の嫁が堂々としているのをみて母は強しだな
などという月並みな感想を抱いたところで暖かすぎる家族愛に耐えられなくなって
食後2時間足らずで2階に退散した根性なしでした。
自分が社会不適合者になりつつあることは自覚していましたが、ここまで他人と
かかわることが疲れるようになったのかとひどい厭世感に苛まれながらすごした
2012年の1日目。
言ってみたいセリフ第67位。
というわけで本日実家に帰ります。
私の愛する修羅の国w福岡へ。
このために私は退院直後のボロボロの身体を押して夏季休暇中出勤したんだもんね!
しかし実家のほうが寒いんですよねー、盆地だし。
私のものではないですが、ガレキセットを持っていって空いてる時間に
コタツで家族に嫌がられながら組み立てようと思います。
自分のじゃないガレキは本当に純粋に作ってて楽しい。
むこうではもう書いちゃいましたが、こちらでも改めて。
今年一年お世話になりました!
2回入院して2回手術して家族にも友人にも沢山迷惑をかけたけれど
自分がどれだけ沢山の人に支えられているかよくわかった出来事でもありました。
大学時代の友人、会社の友人、ネット上のお付き合いしてる人や趣味友達など
本気で心配してくださって本当に有り難いと思いました。
自分は誰からも愛されるような優しい心ある人間ではないですし、普段そんなに
濃い人間関係が築けている自信もなかったので、老後は一人で孤独死かしらなんて
思ってた自分には暖かすぎて本当に涙がでました。
ないがしろにしててごめん。そんな私に優しくしてくれてありがとう、みたいな。
弱ってるときに優しくされるのは本当に染みます。
逆に普段いい人そうだった人の本心が否が応でもわかってしまう機会でもありました。
まー自分の見る目が無かったんですけどたった1人だったことを喜ばしく思おう。
そして心配してくれた人をこれからもっと大事にしていこうと思いました。
仕事のほうはまあぼちぼちで、昔は定年まで働いて、今の調子なら昇格も遅くないし
それなりのポジションについて安泰だななんて考えていましたが、病気になって
いつまで生きていけるかわかんないしやりたいことやって困らない程度にご飯が
食べられればそれでよいかなと思うようになりました。
なので昔のような仕事時のピリピリしたガッツのある私はもういません。
昇格したらアイツ絶対寒いところに飛ばす!なんていってた人はいないww
そんなぬるま湯でいいかなと思ってます。
あとは会社がなくならなければそれで・・・どこかの企業に吸収されて労働条件が
悪くなったら田舎に戻ってのんびりしますけれども。
人間いつまで生きられるかなんて本当にわからないです。
相手が突然亡くなって会えなくなることを私は人生で2度経験して十分わかってた
つもりでしたが、自分のほうが先に死ぬという可能性もあるということは忘れてました。
人間ってのはなんと傲慢な・・・。
だから今年会えなかった分、来年は積極的に友人知人に会っておこうと思います。
待ってろよ!全国廻ってやるぜ!
あとは今年いけなかったからまた来年から神社めぐりをしたいです。
今年一年大変お世話になりました。
それではどうぞ良いお年を!!!