昨日明け方に火災警報器がなりまして。
鳴り止まずに30分おきくらいになってことと、消防車がこなかったのでおそらく
小火だったのだろうと思いますが、これで3年間に2回目です。火事。
ちなみにそれぞれ異なるマンションです。
さすがに2回目だと冷静ですよね。
普通にさっと着替えて財布と携帯持って外に出ました。
ただやっぱり不安ではあるのでそれから十分には寝れませんでしたが。
いや、最後にはがっつり寝てましたし、ベル鳴ってるときもしばらく起きませんでした。
あれだ、地震で耐性がついたんですよ、きっと。
それにしても前世での行いがよほど悪かったのか悪い引きが強いです。
宝くじとか当たらないのにな。
会社では嵐を呼ぶ女と言われています。
3件お客さんのところ廻ったら3件ともその日サーバ壊れたことがあります。
嵐と言うか災厄ですけどね。
でも完全な不幸じゃないんですよね。
ギリギリに必ずつじつまが合うようになってるし最後まで不幸じゃない。
仲良くし始めたばかりの人はこの不幸体質と意外に平然としている私に驚いたり
ひどく心配したりするのですが、付き合いの長い人は段々耐性が付いてくるのか
友人達は多少のことではびくともしなくなってきます。
ちなみに先週は財布なくしてさまよってました。
これは自分のミスだけど失くしてもたいていはでてきたり、落としても届けられてたりして
まあなんとかなってるんですよね。
以前、届いた新品の自転車がパンクしていたことがあって、友人が
「そんなん店に言って換えてもらえ!許せない!」と怒っていたのですが
そのとき私は「こんなことでいちいち怒ってられないんだよ」と返したらしいのです。
それがその当時は全然納得いかなかったそうなのですが、今ならあのときの意味が
よく分かる、としみじみ言われました。
私はよく「怒るのがめんどくさい」というのですが、それは温厚でも寛大なわけでもなく
不幸を呼び込む体質なのでいちいち動揺していられないという意味なんですよね。
なのでその状況が悲惨な状況であればあるほど、結構淡々とこなしてたりします。
もちろん動揺してはいるのですが、表に出なくなる感じです。
あと「たぶんなんとかなる」というのもあるかも。
よく厨二病にかからず素直に育ったものです。
それにしても月曜日の朝だけに
「マンションが火事だったので少し遅れます」
と言うのがどうにもこうにも虚言癖っぽくて自分で言ってて笑ってしまいました。
お前の親戚何回死んでるんだよ!的な、とってつけたようなうそ臭さ。
月曜日の朝と言うのがなおさらうそ臭い。
しかも3年間で2回だと「お前、この前にも火事だったじゃねーか!」みたいな。
でも会社の人は私の引きの強さを知っているので普通に信じてくれました。
前回は上層階だったために鳴り続けるベルに辟易して玄関開けたら煙が上がってきてて
廊下が煙で真っ白だったわけですが、今回は低層階な上にこのエリアでおそらく一番
大きなマンション(大きいだけ)なのでどこで何が起きてるのか全然分からない。
24時間対応と書かれた緊急連絡先に電話してみたところ、すぐに○○区ですかといわれ
「今警備員が確認に向かってます」といわれたのですが、その時点ではまだ
誤作動かどうかもわからない状態だったらしく
煙や臭い、炎を感じたら急いで逃げてください!
と言われました。
言われなくても火出てたら電話なんぞせずに速攻逃げとるわ!!!
以前もそうだったのですが、テレビや映画と違って火事のときは意外に皆静かで
「ねえ本当に火事なの?誤作動?誤作動だよね?びびって出てきてるの私だけ?」
的なかんじでそろそろ出てくるので周りの様子を伺っても本当に全然わかりません。
静かにそおっと人が居なくなりますよwwwマジでwwww
あとベランダから様子を伺いたくなるけど、伺って分かるレベルなら煙がきてると思う。
加えて前回の経験から言うなら相当煙が充満しないと部屋には入ってこないです。
前は玄関開けたら廊下が真っ白でしたが、それでも家の中には入ってきてなかったし。
轟々燃えてたら死んでると思います。
にしても貴重品とかって意外に持ち出さないものです。
なぜか誤作動だったときが恥ずかしく感じられてポケットに財布と携帯程度で
バッグを持ち出すことすら抵抗があります。
そして思ったけど意外に持ち出さないと!思うほどのものがない。
たぶん私は今この部屋を見切れと言われたら財布と携帯だけですぐに諦められる
ほどにしか執着がないのだということが分かりました。
会社で「意外と持っていくものがないんだよねー」といったら、
「金銀財宝持っていかないと!」
といわれたので
そうそうティアラとかねー・・・ってどこの王侯貴族だよ!
と突っ込んでしまいました。
装飾品と言いたかったのだと思いますが金銀財宝ってなんかすごい。
本当のことを言うと・・・火事は三回目です。
福岡で小火を起こしかけました。私が。
寝てる布団がパチパチ燃えてたという貴重な体験をしてます。
そのときは急いで窓開けて布団を風呂場に持っていって水につけました。
冷静に「布団は消えたと思っても火が残ることがある」という豆知識が思い出されたので。
色々ありますよね。
やりたいことには全く手を出せずやらねばならんことが山積みだったのですが
ストレスフルすぎて現実逃避してFate/Zero読んでました。
睡眠は取れた。
だけどやりたかったことで達成したのはこれだけ。
いや、WFで使うシール注文できたか。以上。
なんだこれ!全然リラックスできてない!!
で、やらねばらない義務の優先順位が高いものをしぶしぶやってたら
あっという間に終わりました。
あと5日くらいほしい。
当然優先順位の低いやらなきゃならない事は後回しにされるので
この辺がずーっと溜まっててそれもまたすっきりしない一因です。
優先順位の低いのは自分だけのことなので迷惑かけないから
なんとかなりますけど、イライラはします。
たとえば「掃除」とか。
塗装を始めると部屋が荒れるというのが私の通説なのですがそれに加えて
(帰省関係なく)年末年始がすげー忙しかったせいで家の中が荒れ狂ってまして
もうだれか家事変わってくれ・・・月契約とかで・・と半ば本気で考えました。
メリーメイドとかどうよ。
でもさー知らない人が家に入るのってやだわー。
嫁募集したい。養う。
写真が全く無かったので。
一年ぶりに見た金ちゃんはさらに巨大化していました。
この水槽は一辺が30cmなのでそのくらいの大きさです。
比較用にペンを置いてみましたがこの遠近じゃ意味ない。
ちなみに今年で6年目。
名前が付いたのは去年、前回私が帰省した際に 「この金ちゃんにエサあげた?」 と
聞いたためでそれまでは「そういえば名前が無かった」らしい。
親戚に貰ったパール柑。文旦の仲間なんですかね?でかい。
名前は実がパールのように輝いてるから?それとも母が勝手に言ってるだけ?
よく知らない。
帰省した際、食べたいなーでも大きいし硬いしで剥くのが大変だしどうしようか・・・
と迷ってたら通りがかった母が
「マッサージしてくれたら剥いてやるよ?」
と言ってきたので肩・腰・腕・足の裏のフルセットで揉んだらそのまま母は爆睡。
なんだか取引に負けた気がするのでしばらく待ってみました。
途中で一回目覚めたので「みかん・・・」といったらもう少し待ってと言われて
さらに1時間経過したので結局自分で剥いたのでした。
最初から自分で剥けばよかったよ。甘い誘いにご注意。
これはおあずけ食らって待機中のやり場の無い私の写真。
神社で写真とろうと思ったけど人が多くて止めました。
おみくじは中吉でした。まあまあいいこと書いてあったよ。
今回の総括としては・・・
ふるさとは 遠きにありて 思うもの
でした。
帰省は親へ顔見せするための義務だと思って帰ってたけど、一人増えたんだし
一人抜けても大丈夫でしょう。
来年はもう帰らず東京でのんびりするわー。
帰省するにしても年末年始は止めておきます。
母に会えないのは寂しいけど帰っても辛いことばかり。
妹のはなし。
ずっと実家暮らしの妹は私や弟と年が離れていることもあり、また2人とも大学入学時点で
実家を離れているので誰からも制約されずかなりわがままに生きてきています。
親が甘やかすというか、3人目であまり干渉しないことも手伝って好き勝手やってる上に
わがままに育ったせいか非常に我の強い女でして無茶苦茶な主張をわれが正義とばかり
でかい声でごり押しします。
恐ろしいくらい物を知らない、漢字が読めない、スイーツ脳と3重苦です。
正直、感情だけで攻めてくる一番嫌いなタイプの女です。
年が離れてる妹は可愛いでしょ?と言われますが、速攻で「否。」と言える程度に
考え方や生き方が私と全く相容れません。向こうもそうだと思うけど。
彼女の主張は無茶苦茶なのですが、「私が正義、私が正しい」が前提で生きてるので
何を言っても通じませんし。
指摘すると意味不明な理屈を怒鳴り散らすだけなのでかかわらないようにしてます。
母が何も言わないのはあなたが正しいからではなくてもうめんどくさいだけなんだよ
と思いますが、おんぶにだっこで生きてる間はわからんだろうな。
そんな彼女が一人暮らしをすると言い出したので私は大賛成しております。
単純に見積もりしても彼女の給料で一人暮らししつつ愛車を維持していくのは
相当キツイと思うのですが、全然大丈夫!といってました。
何だろう、その根拠の無い自信。貯金もろくにないだろうに。
朝ごはんも夜ご飯も作ってくれる人はいないし、お風呂だって沸いてないんだぜ?
洗濯・掃除だって自分でやらなきゃいけないのですがわかってないんだろうな。
お弁当を作ってくれてた人がいなくなるってことはその分食費だってあがるのですが。
そんな苦言を言えばまたギャー!!とヒステリックに怒鳴りだすので言いませんけど
もういい加減、世の中を知ってもいい年なのに彼女の頭の中はいまだお花畑なので
世の中の辛苦を少し嘗めてみるがいい、と姉は遠くから見守ってます。
独立するのが偉いとはいいませんが、全部責任を持って自分のことをやるのは
成長する上でいいきっかけです。
あの子が親から与えられていることに対して当然とばかりに受け取っていることも
我が物顔で実家で振舞うさまも正直腹に据えかねているので多少なりとも
変わってくれればと思ってます。
離れたことが無いのであの場所は姉兄にとっても実家であることがわかってないのです。
とにかくもう少し人に優しい人間になってほしいのですよ、姉としては。
ただいま。そしておめでとうございます。
実家から逃げるように帰ってきました。
まず家族が増えてました。
姪が生まれていたのですが会った事なかったので初めてのご対面。
送ってくる写真、見せられる写真がどれも最悪な写りだったのですが、親からすれば
ベストショットでしょうから正直期待は出来ないと思ってたので予想外に可愛かったです。
今までの写真ひどすぎだよ、私ろくな写真見せてもらってないよ!と弟にいうと
「姉ちゃん以外は○○見てるから何も言われなかったけど確かにあの写真だけだとひどいよね」
と爆笑してました。
姪はかなり男前でした。女子だけど。
可愛らしさアピールのための必死なリボンが逆に違和感というか不憫ww
目がおっきくてアイラインのような睫毛バシバシなのは確実に弟似ですが、
眉まで似たらしくてガッツリ太眉だったので親も認める濃い顔でした。
激可愛い美少女ではありませんが客観的に見ても不細工じゃないです。
それにしても私の中の感情の中に何かを愛しいと思う、そういった人並みの感情が
まだわずかでも残ってとは思っていませんでした。
たぶんこの言い表せない、なんとなく似ている、血を感じるのが愛情というのでしょうか。
そういった感情はすでに死に絶えたと思っていたので一番の驚きでした。
ああ、私の中にもそんな愛情があったのかと。
普段感情自体の触れ幅が少ないので地味に衝撃だったのです。
と同時に私にはもうおそらく生み出すことができないのだということに今頃になって
やっと実感が沸いてとても複雑だったのだけれど、そんなことをいうこともできなくて
ただ曖昧に笑っていることしかできませんでした。
泣き出したチビッコを自然に抱き上げた弟を見て言いようの無い衝撃を覚え
去年は緊張しすぎてきょどっていた弟の嫁が堂々としているのをみて母は強しだな
などという月並みな感想を抱いたところで暖かすぎる家族愛に耐えられなくなって
食後2時間足らずで2階に退散した根性なしでした。
自分が社会不適合者になりつつあることは自覚していましたが、ここまで他人と
かかわることが疲れるようになったのかとひどい厭世感に苛まれながらすごした
2012年の1日目。